ただいま京都に帰省し実家での時間をのんびり過ごしているわけですが、これが幸せなんだなということを本当にはっきりと実感しています。
親と子と孫の時間、これは誰だって幼少期に経験してきたような本当にありふれた当たり前のものです。
本当に何の変哲もない、どこの家庭にでもあるような普通の時間。
子供の頃から通っていたショッピングセンターに行くと、孫の顔を見て大喜びしているおばあちゃん、孫と手を繋いで楽しそうに歩くおじいちゃん。
そりゃまああんだけ可愛かったら顔も緩むわなと(笑)。
こういう視点から見ると、有名になって注目されたりとか、何か大きなことを成したりとか、大金持ちになって豪勢な生活をしたりとか、そういうものは本当に単なるおまけに過ぎないなと感じます。
「何者にかなりたい」なんて世の中の洗脳に惑わされないで、幸せの本質を見失わない世の中であって欲しいなと願います。ただただありふれた当たり前の幸福な家庭を築く、それだけを目指して行けば良いのです。
あとはもうその人のレベルに応じて自分自身の内側からタスクが降ってきます。私はこういうことをやることが出来るからそれを世の中のためにやって行かないといけないな、みたいな感覚です。
それが自分自身を定義し、所謂「何者かになった」という状態に後からなっていくのです。
結局仕事というのはいやいや誰かにやらされたり脅されてやるようなことなんて全く成立しなくて、あくまで自分がやりたい自分が好きなことだけが本当の仕事となり得るわけで。そうやって生計を立てながら愛する人を見つけ家族を築く、ただただそれだけの世の中なのだと思います。
そうして様々な人たちが織りなす仕事の集合が人類全体の総意となり、人類の発展の方向性を決めていく。一方で働かないといけないから働く、所謂いやでも心が痛んでもやらざるを得ないような仕事をしている人たちが多いほどに人類の方向性は定まらず乱れていく。
私たち資本家側の人間はそういう人たちを減らし、その人たちが本当にやりたいと願う仕事が出来る世界にしていかないといけないのだと考えます。そうすることで希望に満ちた未来が紡がれ、子供たちがまたその意志を引き継ぎ、連綿と続く人類の進化が鎖のように繋がれていく。
確かにフォスターギャンブルの言う通り、この世界を循環させるエネルギートーラスの中心に何かが巣くっている。それが人類の幸福を阻害し不幸を生み出し続けている。それを少しずつ消し去っていくことが出来たら、きっとこの当たり前の幸せを享受できる人たちも増えていくことでしょう。
まあそのためだな。私が力をふるうべき方向性は。それはもしかすると意図した少子化と人の選別を進める一部の巨大財閥の人たちとは考え方が食い違うのかもしれませんが、まあそれはそれで私は私でこうしていきたいという考えがあるわけで。
そんなの私の知ったこっちゃないわけで(笑)。
この世界を動かす仕組みはとても良く出来ていて、これは人類が生み出した最高の発明でこれ以上のものは作れないでしょう。でも私から見るとどこかにほんのちょっとだけ設計ミスやパラメーターのミスマッチが意図的なのかそうでないのか存在している。
そういう部分を少しずつ修正更新していくのが私たちの仕事なんだろうなと思います。