改めて「もうこれから使い切れないだろうな」と資産を運用していて思います。
実際お金で幸せが買えないことに気づくとお金って別に大した使い方無いんだなと理解できます。概ね人々が望むものって
・優雅で快適な生活
・素敵な恋人パートナー
・信頼できる友人仲間
どれも大きなお金が役立つようで実は全く役に立たない(笑)。全て自分の創意工夫や人間性しか役に立たないものばかり、まあもちろん最低限は必要だとは思いますが。
例えば快適な生活にしても、私がこうして暮らしている様に中古のマンションを格安で買って家具も別にホームセンターで買う様な物で十分で、家電にしても中古ショップで買うと圧倒的安値で手に入れることが出来ます。日本製家電って本当に丈夫で性能も良いので何一つ不自由しません。
お金なんてぶっちゃけ大して必要無いんです。はっきり言ってお金で買えるものなんてほぼ無いと言っても過言では無いですこれホント。
とまあ使い切れない資産を運用していていずれは子供に相続するのだろうなとは思いますが、それもやっぱり大金を相続しちゃ駄目だなと考えています。
例えばこうして暮らしていて税金により運営される社会サービスを様々に使っているわけですが、実際今の収入って所得上はかなり少ないので支払っている税金は昔に比べれば遥かに小さいです。
それでも罪悪感を感じないのはやっぱり今まで人並み以上にお金を稼いで税金も相当払ってきたからで、どちらかと言うと先払いしたなという感覚が強いです。
それでも事業を通して平均所得世帯並みには払ってますけどね。
これが例えば親から相続しました、となると話は全く変わって来て、自分が頑張って築いたわけでもない、今まで自分が税金を納めてきたわけでもない、なんてなると非常に張り合いの無い自己効力感も感じない人生となるでしょう。
最近ウォーレンバフェットを始めとした大富豪の言っている「子供が自分らしく生きる権利を奪い取るほどの相続をしてはいけない」という言葉の意味を実感として理解できるようになって来ました。
可能性を狭める様な貧困には陥らない規模の相続は良い、でも働かないでも暮らして行けてしまう相続は絶対に駄目。そう言うことなのだと思います。
私も両親には好きな学校に行ける学費は払ってもらいましたが、それでも私がやりたいと思うことには習い事であれ自分で払う様に育てられました。だから学生時代は結構バイトしましたし、それによりまた社会との関わり方を学ぶ機会を得ました。
若い子に対して社会はとても優しいですし、だからこそ若いうちから社会に飛び込んで行くって大切です。本当に今まで色々な先輩方に面倒見てもらったし、逆に私も若い子たちの面倒を見ないとなと思いながら今まで過ごしてきました。
とまあお金なんてそのくらいで良いのだと思います。
実際の所お金の使い方さえきちんと教えておけば普通に働いても資産は自分でしっかり築けるはずで、そういう下地を築いた上で資産を相続すればそれはより良い使い方を自分で考えてくれると思います。
結論相続なんて1円も必要無くて、あくまで子供の可能性を狭めないようにお金に振り回されない様に、そして万一道を踏み外したときのバックアップとして親が相応額を持っておけば十分だなと考えています。
私も資産は法人の方でこれから事業に使う様にして、その事業自体は子供なのかもっとふさわしい人なのかに継承し次世代に繋いで行こうと思います。資産は墓場まで持っていけませんし、所詮お金なんて世の中から一時的に私が預かっているものくらいに最近は感じています。
まあ私はゼロ円から資産を今まで築いてきたので、何度でも再現性高くまた築けるわけで。
子供も私と同じ様に逞しく育てて行かないとなと思います。