私がサラリーマンを辞めて一番変わったなと思ったのが

「周りの人たちを信頼して良いんだ」

という言ってしまうと本来当たり前なはずの感覚的なところです。

サラリーマン時代はどことなくなんとなく「周りの人たちは私に厄介事を運んでくる人たち」みたいな感覚がありました。実際仕事をしていても問題を運んでくるのはいつだって周りの人達で、なんかもうそういうのにうんざりして疲れてたんでしょうね(笑)。

だって世界各国の個性的な面々がありとあらゆるわがまま言うんだもん。。。まあみんな労働者階級の被害者だったのだと思いますが。

でも今こうして生きていて、周りの人たちはむしろ私を助けてくれている人たちだな、と何とも言えない安心感の様な物を持つようになりました。

まあこうなると人生の幸福度は一気に上がりますね。

もちろん時には持ちつ持たれつ、助け合いのお互い様だと思います。

ですが色々な人たちに対して寛容になれるほどに自身の器は広がり、その分だけ幸福の容量も増えて行くのでしょうね。

私も少しだけ人のために動けるようになって来たかなとちょっぴり誇らしい気持ちになりつつ、まあまだまだ未熟な自分を受け入れ愛し育てて行きたいものです。

日本には閉鎖的なところもあるし村八分なところもあります。一方で相談すれば必ず助けてくれる優しい国民性も持ち合わせています。

そして何回考えても私はもう本当に人生満たされていて、自分の欲望のためには頑張れないなと感じます。これ以上何を求めるか?と問いかけても「まあこれで十分じゃね?」と返してくる自分がいる。

ならあとはもうみんなのために頑張るか、その中でまたきっともっと欲しいものなんかも見えてくるのでしょう。こういうところも本当に変わったなと思います。

きっと私はこれから色々な人に様々な事を教わるでしょう、それは仕事の話とかお金儲けの話とかではなく、もっと大切な事になるような気がします。

まるで今までの自分が溶けて行くようだ、芋虫からさなぎになり蝶になるというのはこういう感覚なのかもしれませんね。

少しずつ心の氷が溶けて行くよう、人にはそれぞれの成長のタイミングがあるなと実感する。
とおる

FIREした元サラリーマンが資産運用収入を土台に様々な事業に挑戦しています。実体験に基づいた情報を発信していきますので、同志の皆様のお役に立てば何より幸いです。 略歴:国立大学大学院卒業後、日系電機メーカ、日経自動車メーカ、外資系メーカで開発業務を遂行。会社勤めの傍ら木造アパート1棟、太陽光発電所2基、株式、現金コモディティ他をコアとした資産運用を8年実施、生活費相当の資産収入を築きFIREを達成。現在は経営者として事業経営の日々。娘1人の3人家族。

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