仮想世界と現実世界がリンクする、恐らくこれが次世代の価値の入り口になる様な気がしています。
仮想世界と現実世界の価値が交差することで、人々は現実世界に囚われない生き方をしながら、仮想世界での営みが現実世界をより豊かにする。
人の幸福に作用するのは科学的にはセロトニンやドーパミンなどの化学物質ですが、その源泉は日常での体験や行動によるものですよね。
その行動が例え現実世界のものでも仮想世界のそれでも同じことだと思います。
私が最初にこの発想に出会ったのはクロノクロスという当時PSのゲームをやったときで、ちょっとネタバレなのですがヒロインの女の子が現実世界でプレイヤーを探し続けている、というエンディングからでした。
今でも心に残っている人も多いのではないかと思います。
精神的な面では現実であろうが仮想であろうがそこに区別は全く無く、こういうところに人類の次の進化の道筋がある様な気がしてなりません。
現実分が豊かになって、仮想分も豊かになれば、富の総量は単純に2倍です。こういうところからメタバースの可能性と仮想世界での共通通貨や土地などの価値が生まれて来ます。
普段からお話ししているとおり私はAI創作に対して非常に反対的な立場を取っています。それはその生成物が権利者の許可なく超高速でマシンラーニングされたものを根拠にしているというもので、あれは文化の発展を殺す悪手だと判断しています。
私は明確に私の著作物に対してAI無断学習禁止の意志を表明し、その誤った技術に対してNOを突きつけます。
一方でAI創作を喜びとする生成者がいるのも事実で、今日ふと子供とAIで作ったと思われる動画を見ていて思ったのが
「きっと彼らは自分がAIツールを通して出会った唯一無二の命を、ただ世に出してあげたいと思っているだけなんだろうな」
ということです。生成AIによる作品は数分で生まれ無限に生成されていきますが、一方で全く同じものは二度と生成されません。そういうところなんだか切ないですよね。
生まれた作品の世界の登場人物は、確かにここにあったものはどこに消えて行くのだろう?
君はこのまま消えてしまうのだろうか。
それをただ知って欲しいと、そう思っているだけ、というのがAIクリエイターと自らを名付ける気持ちの根源にあるのだと思います。私はそういう純粋な人の思いが好きですし、それはそれで素敵な事だと思います。
問題があるのはツールの方で、その開発者たちには将来長きに渡る大きな罰が待っている事でしょう。
それでも様々な過ちを犯しながら犠牲の上で人類は発展して来て、そのAI技術の良い面がまた次のより効率的な世界への肥やしとなって行きます。少なくともAIの普及により情報世界の様々な価値が統合されより無駄な作業の少ない環境を私たちに提供してくれているのは確かです。
そして肝心なのはそのツールを使ってどういう未来を描くか、私はその一つにこのメタバースリンクと言う可能性を描いています。
現実世界も仮想世界も幸福、朝は健康的な肉体と共に起き昼はランニングに行って外で仕事して遊んで人に会って夜は仮想空間の理想的な世界で心地良く眠る。
私が法人で第四の事業としてやろうとおもっていることの構想がここにあります。
