子育てをしていると本当に普段から様々な人たちのお世話になっていることを実感します。
私も子供の頃を思い出すと、当時から大人しい子だったため、今思うとこの子寂しそうだなと言って色々な人たちに輪に入れてもらっていたんだなあと不思議な気持ちで振り返ります。
今も表面上は愛想良く振る舞い人付き合いも難なくこなしますが、内面の部分の一人好きはやっぱり変わらないですね(笑)。
人はいつだって誰かの恩を受けていて、ついつい自分だけは人に迷惑をかけていない、と思い込んでしまうものですが決してそうではないのでしょう。
新社会人の頃は「いつもお世話になっております。」というメール文頭の言葉に違和感を感じていて、
「お世話になった覚えないけどね」
とか舐めたこと思ってましたがそうじゃなくて、いつだって自分の仕事のためにああしてメールをやり取りしているだけでお相手の協力を得ていたということを段々と理解します。
日々の食事を得られるのは誰のおかげであろう?綺麗な服を着て安心できる家に住めるのはなぜなのか?紐解くとあらゆる人が誰かに世話をされており、また誰かの世話をしていることを実感します。
自分だけが被害者で、自分だけが損な役回りをしてて、自分だけが・・・なんて本当はそんなことなくて、誰だってその個々人の事情の中で楽しいことも大変なことも抱えているものです。
こういうところは公教育としてまだまだ改善していく余地があると思いますし、それでも孤独を心地良く感じるのであればそれはそれで非常に高くつくものとなります。東京に住むというのはそういうことだし、地方に住むというのはその逆で、どちらもそれぞれ一長一短と言えますね。
人それぞれ得意とする分野が大きく違って、何でもそつなくこなす割に意志の無い人も居ますし、何も出来ないけど周りを振り回すのは得意な人はそういう人に居場所を与えているとも言えます。
本当の意味での人の優劣は存在しないし、個々人の個性と適正でほどほどに周りに迷惑かけながら周りのお世話をしながらと、そのバランスのとり方が大切だなと感じます。
こういう上位の考え方さえ子供にしっかり教育しておけば、あとは勉強得意になろうが表現得意になろうがどちらも好きな方を選べば良いのだと思います。
子供を育てていると実感するのが
「自分の子供を育てているのではなく、天から授かった命を預かっている」
と言う感覚です。
運も実力の内と言いますが本当にその通りで、だけど運を得るためには非常に長い10年20年の積み重ねが必要です。そういうところからみっちりと教育して行かないといけませんね。
どうやったら好きな事で飯を食って行くことが出来るのか、それを何より私が体得し子供に伝えて行く。
ただただ私は親として自分の経験を伝えそれを子供に自分なりに取り入れさせながら、自分の幸福を最優先に生きて欲しいなと願うばかりです。
